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縄文時代も終わりを迎えようとする頃,狩りや採集とともに,稲作を営む人々が現れた。やがて,2千5百年ほど前から「米づくり」は広がり始め,弥生時代とよぶ新しい社会が訪れた。
南九州でも,すでに縄文時代の終わり頃には米づくりが始まり,弥生時代前期には低地や丘陵周縁に集落遺跡が営まれる。しかし,中期以降もシラス台地上に立地する遺跡も多く,必ずしも水田での「米づくり」のみに依存しない南九州の弥生社会があった。
この時代,奄美・沖縄に産するイモガイやゴホウラなど南海産の貝は,貝輪などの装飾品として交易された。種子島の広田遺跡は弥生時代から古墳時代にかけての150体以上の人骨に伴い,約4万点の多彩な貝製装飾品が出土している。
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