黒川洞穴と西郷隆盛御座石(おんざいし)・手洗鉢(日置市吹上町坊野地区)
東シナ海に面し,薩摩半島のほぼ中央に位置する鹿児島県日置市。日置市の中でも鹿児島市境にほど近い緑豊かな山あい(吹上町坊野地区)に,地区を代表する史跡「黒川洞穴」と「西郷隆盛御座石・手洗鉢」があります。
洞穴は,東西に並んで2カ所あり,洞穴からは縄文時代晩期の土器が出土しているほか,貝類や獣骨,熟年女性を埋葬した土杭などが発見されています。
洞穴発掘のきっかけは,昭和27年頃,坊野小学校(昭和55年閉校)の教諭が,学校に保管していた土器の破片や貝殻などを県に見てもらったところ,縄文式土器の破片等であることがわかったのが発端のようです。以来,4回の発掘調査が行われた結果,縄文時代前期から平安時代に至る約五千年もの間,断続的に住居として使用されていたことが判明しています。また,黒川洞穴は,洞穴遺跡として珍しいばかりでなく,住居跡としてその跡をとどめている点においても,数少ない貴重な標識遺跡の一つとなっています。
黒川洞穴入口前の県道を,鹿児島市境方向へ1キロメートルほど車を走らせると,道路右下の杉林の中に,西郷隆盛御座石と呼ばれる石があります。
この御座石は,坊野を訪れ狩りを楽しんでいた西郷隆盛が,この石にあぐらをかいて座り,村人たちに東京や鹿児島のことなどを語りながら交流を深めていたとされている石です。この大きな御座石を見ていると,多くの村民たちが生き生きとした顔で,西郷さんの話に熱心に耳を傾けていた様子が想像できそうです。
また,坊野地区公民館から400メートルほど東へ進むと「西郷殿屋敷跡」の案内があり,ここには,西郷隆盛が手作りしたと言われる「手洗鉢」があります。
狩りと湯治が好きだった西郷隆盛は,度々,吹上や坊野の山野に来遊しています。西郷家に奉公に出ていた坊野ヨシ宅に泊まりがけで訪れていたそうです。西郷隆盛は,宅地を拓き,茅葺き家を建てて坊野家に提供し,ここを常宿としていたそうで,その後,屋敷は別の場所に移されましたが,土地の人々は今でも「西郷殿屋敷」と呼んでいます。
坊野地区公民館では「ぶらり坊野あるきマップ」や「黒川洞穴のしおり」を発行しています。皆様もぜひ,坊野地区を訪れていただき,坊野の魅力を感じてみてください。
○ぶらり坊野あるきマップ(PDF:1,119KB)
○黒川洞穴のしおり(PDF:1,312KB)
【坊野地区や上記資料に関するお問い合わせ】
坊野地区公民館(日置市吹上町永吉10227)
電話・FAX:099-297-2846
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