八板氏清定一流系図
若狭と金兵衛の墓(西之表市)
伝来銃を手本にして国産1号火縄銃を完成させたとされる八板金兵衛(やいたきんべえ)一流の系図。この系図には,天文12(1543)年に南蛮船が漂着し,「故郷」,「腰差」の2挺の鉄砲を得たこと,模造の過程で銃尾の塞ぎ方がわからず自分の娘若狭を南蛮人の一人に嫁がせたことなど,伝来の経緯や国産銃完成に至る苦労談が綴られている。
系図中の若狭の項には,若狭が異郷の地で詠んだという「月も日も日本のことぞ懐かしや我が二親のあると思えば」の和歌が載せられている。西之表市街地のはずれ,海を望む高台に金兵衛と若狭の忠孝碑が建ち,忠孝碑横の蘇鉄の根元に二人の墓が並んである。
展示に関する情報
「八坂氏清定一流系図(複製)」は展示してありますが,「若狭と金兵衛の墓」はパネル展示等してありません
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