更新日:2022年12月9日
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北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律(外部サイトへリンク)に基づき,日本政府が認定した拉致被害者のうち,本県出身の方
氏名 | 事件発生年月日 | 当時の年齢 | 事件発生現場 |
---|---|---|---|
市川修一(いちかわしゅういち)さん |
昭和53(1978)年8月12日 | 23歳 | 日置市(当時は日置郡)吹上浜海岸 |
増元るみ子(ますもとるみこ)さん |
24歳 |
お二人を含め,全国で17名の方を政府は拉致被害者と認定されています。
およそ40年前,市川修一さんと増元るみ子さんは「夕日を見に行く」と言って吹上浜海岸に出かけたまま行方不明となりました。
現場には修一さんの車や,修一さんが履いていたサンダルの片方などが残されていました。
平成14年9月,日朝首脳会談において,北朝鮮当局はようやく拉致問題を認めましたが,修一さんは昭和54年(1979年)9月,海水浴中に心臓麻痺で死亡,るみ子さんも昭和56年(1981年)に心臓麻痺で死亡したと主張しています。
しかしながら,こうした北朝鮮側の説明には多くの問題点や矛盾点があり,とうてい納得できるものではありません。
日本政府は北朝鮮当局に対し,すべての拉致被害者の安全確保と速やかな帰国,そして拉致問題の真相究明を強く要求しています。
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