吹上町の伊作太鼓踊
伊作太鼓踊は,吹上町内の湯之浦・和田・入来・中之里・田尻・花熟里で伝承され,毎年,各地区が輪番で南方神社に奉納します。その由来は諸説がありますが、応永13年(1406)、島津分家伊作家4代当主久義が、田布施領主二階堂行貞を降伏させた戦略を元に考案された、戦勝の踊りであると伝えられています。
唄方数人(踊りの師匠が当たる)、中打4人(内,鉦2人、小太鼓<入鼓:イレコ>2人)、平打20~24人で行います。中打は全員花笠を被り,鉦は紅白の襷を左肩から右下にかけ、腰に小刀を差した稚児姿,小太鼓は紅白の襷がけの美麗な少女姿に女装します。平打は白装束に草鞋履きで、胸に太鼓をつけ、薩摩鶏の尾で飾ったホロを背負います。ホロ中央には2m程の唐団扇(トウウッパ)と呼ばれる竹を六目透かしに編んだ軍配型の矢旗(ヤバタ)を,その両側には薙刀を挿します。
踊りの内容は10種ぐらいに大別され、更に各踊りは、おどり、かもい(間舞)よせの形で組立てられ、各地区でも差異があり,極めて多彩です。中打は踊りに変化があり、優美であるのに対し、平打は大きな矢旗が地面につくくらいに揺すりながら、勇壮に踊ります。それぞれが洗練されており、その対照の妙は実に見事なものです。
昭和41年3月,県の無形民俗文化財に指定にされました。
公開日時
毎年8月28日
公開場所
開催風景
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