後醍醐天皇綸旨
元弘3(1333)年,後醍醐天皇は足利尊氏や新田義貞の応援を得て鎌倉幕府を倒し,建武の新政府を樹立した。後醍醐天皇は人材の登用,知行国の収公など様々な政治改革に取り組んだが,他方で全ての所領の安堵(あんど)には天皇の綸旨(りんじ)が必要であるという命令を出したので,大きな混乱が生じた。ちなみに,綸旨は,蔵人(くろうど)が天皇の仰せを奉じて出す奉書形式の文書で,料紙は原則的に薄墨色の宿紙(しゅくし)が用いられた。
これは,元弘3年11月9日付で,後醍醐天皇が薩摩の渋谷平三重宗後家祖舜に対し,当時領知していた土地を安堵することを伝えた綸旨である。
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